ベナレスはヒンドゥー教、仏教の一大聖地です。 三島由紀夫の「豊饒の海」、遠藤周作の「深い川」の舞台として登場します。
ベナレスの街から約10km北に位置するサールナートに鹿野苑(ムリガダーヴァ)跡があります。
約2500年前、ゴータマ・ブッダは厳しい修行をして煩悩を滅したいと思いました。 しかし、それをやめて、スジャータという名前の村長の娘から頂いたミルク粥を食べて、菩提樹の下で悟りを開きます。
サールナートにいたゴータマ・ブッダの元の修行仲間だった五人は、修行を捨てたゴータマ・ブッダを軽蔑して、歓迎をしないように話し合いました。 しかし、ゴータマ・ブッダが徐々に近づくにつれ、その堂々とした姿を見て畏敬の念を抱き、自然に立ち上がって歓迎しました。 自らが阿羅漢であり正等覚者(悟りを開いた仏陀)であることを宣言した釈迦は、なお教えを受けることを拒む5人を説得して、最初の説法をしました。 このとき説かれた教えは、中道とその実践法たる八正道、苦集滅道の四諦、四諦の完成にいたる三転十二行相であったといわれています。
この説法のことを“初転法輪”といいます。“初転法輪”は修行をやめて初めて説法をしたという意味です。
ダルマラージカー塔
7世紀に中国の三蔵法師がここを訪れました。その時には壮大な伽藍があり、約5千人の修行者や人々が居住していたと伝えられています。
発掘された遺跡は、赤茶色のレンガを積み重ねた2列の柱の基礎部分とそれを取り巻くようにめぐらされた約100mのプールぐらいの基礎跡で、底部分には芝生が生えています。 その中に柱の上部を飾っていたと思われる円筒形の石製の彫刻された飾り石、輪灯の形に加工された石柱などが無造作に置かれています。 プールの観覧席にあたる部分は一段とレンガで高くなっており、かつては部屋となっていたと思われる、やはりレンガで作られた仕切り跡があります。 VIP席の位置に当たるであろう所には太い、4本の石柱で支えられた天井のある構築物の下に、戒壇のような台があります。 そこでお釈迦様が最初の教化を行なったとの説明がありました。まさにこの場所は三蔵法師が見た僧伽の跡でしょう。
発掘された遺跡
鹿野苑の名前が表すように現在でもこの周囲では、鹿が数匹草を食んでいました。
アショーカ王(前3世紀中葉)の頃から12世紀までの遺跡と多数の彫刻が出土し,ダルマラージカー塔と根本精舎を中心にグプタ時代に最も栄えたことが明らかになりました。 現在はインド政府によって整理され遺跡公園になっています。 またこの周辺からは「サールナート仏」と呼ばれる仏像が多数出土し、最高傑作とも評される「初転法輪像」がサールナート考古博物館に収蔵されています。
この遺跡のすぐ西に、根本から折れた、かつては高かった3本の円柱のある遺跡がありました。 これはサールナート博物館に実物が展示されており、石柱の頭部は現在でもインド国旗の紋章とされている4匹のライオン像です。この場所は、案内地図にはグプタ朝僧院跡と表示されています。
3本の円柱