浄土真宗 正信寺
正信寺
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住職のこぼれ話(18)

インドの仏跡を辿る旅をしたのは、もう、20年以上も前になります。

テレビなどを見ていると、インドも近代化の波が訪れ、新幹線を日本方式で敷設するということを聞きます。 当時のことを思い起こすと隔世の感があります。この旅で感じたことを紹介します。

インドの旅 ガンジス川で感じた輪廻

デリーまでの空路

ジェット機がミャンマーからバングラデシュにさしかかると、山脈というよりは大地に刻まれた大きな皺が南北に捩じれている様子が窓いっぱいに広がります。 さらにインド領にさしかかると、雪をかぶったヒマラヤ山脈が、東西に雲の上に浮かんで見えます。

ヒマラヤ山脈の南には大きな扇状地が広がります。その中に幾筋もの川が、あたかも線香花火の火花のように銀色に光って流れていました。

   ワーラーナシーの地図

神聖なガンジス川で沐浴をした勇気ある日本人

私たち日本人が見るとガンジス川には、生活廃水が流れ込み、犬・猫などの死骸やゴミなどいろいろのものが浮いています。 川底のヘドロからのメタンガスと思われる泡が休みなく浮かんでいました。やはり清潔にはおよそ程遠いのだろうと思いました。

ツアーのメンバーに、ある親子が含まれていました。大学に合格したばかりの息子とその父とのことでした。 “今後自分で自らの人生を築いていけ”という父からメッセージとして、親子でインドに来たといいます。 息子は父親と一緒にいましたが、あまり仲良く会話をしていた様子ではありませんでした。

しかし、驚いたことに親子は翌日早朝、皆の見守るなか、ガンジス川で沐浴をするといいます。

ガンジス川での洗濯の様子

ガンジス川での洗濯

ブルーの水玉模様のガウンを着たヒンズー教の僧が来て、儀式がはじまりました。椅子に腰かけ合掌し、親子も促されて一緒に大きな声で偈文のような声を3度上げます。 これは神に感謝し先祖に感謝する内容であるそうです。儀式を受けたのち、ガートというガンジス川の堤防にある階段を降り、親子は胸のあたりまで流れに浸かりました。

二人ともしばらく川の水に頭まで水中に潜ってから上がってきました。父親は「水中は暖かくて、目を開けて周りをぐるりと眺めたら、意外に水は綺麗で澄んでいて遠くまで見ることができました。」 といい、「ガンジス川はいろいろな物が流されて、非常に汚い流れだと聞いてきましたが、この神聖な川には何か不思議な力があるのかもしれません。きれいでした。」とまで言われたのです。

この勇気ある行為は、驚くより大いに皆の尊敬を集めました。ツアーのメンバーの、三人に一人くらいの方が飲料水や氷などで体調を崩しましたが、水浴した人は旅行の最後まで、いたって元気で食欲も旺盛でした。 本当に不思議な力が働いているようにも思えました。

ガート全体を見学できるように、小舟を雇い、全員乗り込みました。 船を漕ぎだすと、直ぐに、我々全員に花びらの上にローソクが灯ったものが配られ、これを川面に浮かべて流すように船頭が指示します。日本の精霊流しと似た風習だと思いました。

船頭が櫓をこいで岸から20mくらい遡ると、周囲に響くマイクの音で「太陽が上ってきます」という意味のアナウンスがありました。太陽がまさに水平線上から顔を出し、我々を歓迎するように光を照らしました。 それは心が洗われるような光景でした。

現地の人々は男でも女でも、思い思いに石鹸を付けて顔や体を洗い流し、歯ブラシで歯を磨き、身体を水でこすり、最後に頭まで川につかりました。 また、多くの人が、持ってきたペットボトル又は金属のポットに川の水を満たして遠い実家に大切に持ち帰り、一族に一口ずつ飲んでもらうそうです。 ガンジスの水は代えがたい神聖なものなのです。

ガンジス川の日の出

ガンジス川の日の出

お墓のないインドで感じた輪廻の思想

インドでは水葬が主流でした。非暴力を訴えたマハトマ・ガンデイ―も水葬です。しかし、現代では火葬に変わりつつあるそうです。

ガートにはたくさんの火葬場がありました。 火葬をするときは、遺体は白い包帯のような物で包み、竹製の担架の様なものに乗せて運び、井桁に組んだ薪の上に載せます。薪に高価な香木を入れるかどうかで値段が変わるそうです。 用意が出来ると、遺体の口にバターを詰めこみ、火をつけます。一人2時間の火葬で、燃えても燃えなくても2時間で終了だそうです。 燃え残った遺体も含め、遺灰は竹ぼうきでガンジス川に流すようです。水葬の時から今に至るまで、インド人は遺骸をお墓に埋葬することはありません。

船から見たガート

船から見たガート

ガンジス川はヒマラヤから大小の川の流れを集めて、インドで大河となり、多くの物を集めてべンガル湾の大海に流れ込ます。 海水は蒸発し雲となり、モンスーンとなってヒマラヤにぶつかり水はまたガンジス川となって流れ下ります。 インドの人は、人間はその循環を過去の歴史から体得し、死んでも遺骨を含め、また地球の循環の中に入っていくので、お墓もいらない、お骨も自然に循環していくという真理を体得しており、 このように皆信じているのでしょう。

浄土真宗では、弥陀の誓願による即得往生という考えですが、仏教の輪廻の思想はここから生まれたのだと感じました。

後で知ったことですが、ワーラーナシーのガンジス川近くで亡くなると、輪廻から解脱できるという即得往生の信仰があるそうです。